無礼

参議院議員の平山誠氏が、臨時国会の開会式の際に天皇を携帯電話で撮影したとして自民党が騒ぎ、マスコミを賑わしています。また、天皇がモーニングを着ているのに、議員がノーネクタイなのは無礼だと、これまた自民党が騒ぎ、衆参両院の議院運営委員会理事会は、天皇が出席する国会の開会式では、議員はネクタイを着用するという申し合わせをしました。携帯電話のカメラ機能で天皇を撮影して、何が問題なのでしょうか?また、天皇がモーニングを着ているからといって、議員がクールビズ期間中にノーネクタイでいて、なにが「無礼」なのでしょうか?「主権在民」のわが国で、こんなことを言っている自民党は、はっきりいって100年遅れています。このように、天皇を特別扱いすることは、彼らの心の底にある「差別意識」の表れです。わが国における、あらゆる「差別構造」の頂点に立つのが天皇である、という社会構造は、これまで多くの研究者によって明らかにされてきました。日本人は、天皇との距離で「貴賤・上下」のモノサシをつくり、それに自分の位置を当てはめて、崇めるか、蔑むかを決めてきました。部落差別は、まさに、天皇崇拝の裏返しだったわけです。わが国は、かつては、人の「死」にまで差別を持ち込みました。マスコミは、昭和天皇の死を「崩御(ほうぎょ)」と報じました。おそらく、多くの皆さんは、天皇の死を「崩御」と書くことを単に一種の「教養・礼儀」のように思っていらっしゃるでしょう。しかし事実はそうではありません。実は、天皇、皇后、太上天皇、法皇、皇太后、太皇太后の死を「崩御」、皇太子、大臣の死を「薨御(こうぎょ)」、皇太子妃、親王、内親王、大臣を除く従三位以上の官人の死を「薨去(こうきょ)」、王、女王、正四位上〜従五位下の官人の死を「卒去(しゅっきょ・そっきょ)」、正六位上以下の官人の死を「死去」と称すると飛鳥時代!に「喪葬令」という法で定められていたのです。身分によって、用語まで使い分けさせるという、これはまさに「差別表現」ですが、「崩御」はその生き残りなのです。「陛下」や「殿下」、「閣下」も、法の定めこそありませんが同様の「差別表現」です。「陛下」は天皇、皇后、太上天皇、法皇、皇太后、太皇太后に、「殿下」はその他の皇族と摂政・関白・将軍に、「閣下」は高位高官の官人に、それぞれ用いたわけですが、これらも身分の違いを表すために用いる表現であり、「身分差別」が根底にあります。民主主義の日本に、このような「差別表現」が生き残っていること自体が問題なのに、主権の存する国民の代表たる国会議員に対して、「天皇に無礼だ」などというのは、時代錯誤も甚だしいという他ありません。そもそも天皇の地位は、「主権の存する日本国民の総意に基づく(日本国憲法)」のであり、国民はその地位を取り上げる権限さえ持っているのです。天皇がモーニングを着て国会の開会式に臨むのは、主権の存する国民の代表に対して、天皇の側が敬意を表していると見るべきでしょう。天皇に対してはネクタイをしめろ、国会審議はクールビズでよい、というのは、まさに、憲法の精神を踏みにじり、国民を軽視していることに他なりません。



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