日野祭

無事日野祭が終わりました。今年は、6年に1度の「石松」であるとともに、大窪の神幣当番の巡り合わせなどもあって、曳山16基がすべて巡行しました。しかも、大河ドラマ誘致活動を盛り上げようということで、例年は御旅所へ出る岡本町曳山も馬見岡綿向神社へ宮入したため、なんと18年ぶりに、16基全部が馬見岡綿向神社に揃いました。東日本大震災の後ということで、いろいろな局面で「自粛」が行われたのですが、発災当日から数えて「七七日」も過ぎていたことや、日野祭自体が歴史ある「神事」であることなどから、「過度の自粛」だと感じた町民も多く、いささか「不完全燃焼」の日野祭となってしまったのが残念です。町の噂によれば、町長に非常に近く、力のある人物が、強く「自粛」を主張されたため、必要以上の自粛になったとも言います。この人物は、日野祭数日前に、「当日は雨が降りそうやな」とさも嬉しそうに語っていたとか、いないとか。「合併すれば日野祭がなくなる!」と、ありもしないことを言い立てて繰り広げたあの合併反対運動は、いったい何だったのだろうかと、この話を聞いて疑問に思いました。私自身は、今年は、左前の梃子棒を担当しましたので、上り下りとも、全く手を抜けず、くたくたに疲れました。何はともあれ、無事に終わってよかったです。



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