八百長相撲

大相撲の八百長をにおわせる携帯メールの存在が明らかになりました。菅直人総理大臣は、「相撲はわが国で大変歴史もあり、国民的にも多くのファンを得ている国技だ。」として、衆議院予算委員会における答弁で問題視し、鈴木寛文部科学副大臣も記者会見で「日本の国技である相撲の根幹を揺るがしかねない深刻な問題だ。」と述べるなど、この事件に関する政治家の発言が相次いでいます。また、マスコミでも、連日大々的に報じられています。確かに、税制上大きな優遇措置を受けている公益法人として、その責任が大きいことは言うまでもありません。しかし、そもそも、相撲が「国技」だなどというのは、法的にも何ら根拠はなく、一説に、1909年に初代の相撲常設館が建設された際、「国技館」と命名されたのが、「相撲=国技」という考え方が広まったきっかけだと言われています。よく考えてみれば、それ以前から現在に至るまで、大相撲は「興行」と呼ばれています。「興行」とは、顔見世興行とか、演劇興行、プロレス興行といった言葉を見てもわかるように、いわゆる「ショー」のことです。『広辞苑』の第六版では「客を集め、入場料をとって演劇・音曲・相撲・映画・見世物などを催すこと。」と書かれています。つまり、大相撲は単なる見世物であり、娯楽なのです。相撲のそもそもの起源も、垂仁天皇の前で、野見宿禰と当麻蹶速とが力比べをし、野見宿禰が当麻蹶速を踏み殺して勝ち、褒美として大和国の当麻を領地をもらった、というものです。古代ローマのコロッセオで行われていた人間同士の殺し合いショーと何ら違いがなく、こんな野蛮なショーを起源に持つ相撲が国技だなどという考えは、いい加減に改めるべきではないかと思います。この際、日本相撲協会も解散し、大相撲もやめてしまってはどうでしょうか。続けるにしても、もはや高潔な精神性などを求めるのではなく、単なるショーとして、八百長をやっても、楽しければそれでよい、というぐらいのものにすべきでしょう。はっきり言って、こんなことで、閣僚や官僚が時間を費やすことほど、馬鹿馬鹿しいことはありません。



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